シンセを背負った渡り鳥

 末弟の結婚式で家内と一緒にピアノやキーボードを弾く羽目になり、大いなる恐怖と
少々の羞恥心を以て臨み、博多某所での出番をどうにか終えた。


 末弟は去年の初め、博多の飲食店で常連客同士として新婦と意気投合。その後、弟は
急な転勤が決まってしまったが、その際、仕事関係の後輩の強い後押しで勇気を出して
告白。そこから二人の愛は一気に燃え上がって、現在に至ったという。穏やかでチャー
ミングな明るい女性だが、エピソードからはきっと熱いハートの持ち主に違いない。


 式での演目は、お客様着席までドビュッシーモーツァルトの小品(ピアノ、家内)、
新郎新婦入場には壮麗なパイプオルガンの音色でシンセサイザー(持込み)を使ってロ
ーエングリンより婚礼の合唱(結婚行進曲、もちろんこれも家内)、あと、余興で一曲、
サティのジュ・テ・ヴー(お前が欲しい)を、シンセとピアノの合奏、そして最後のリ
フレインをピアノに飛び移り(笑)、連弾で締めた。要するに、僕は最後の曲のみが出
番だったのだが、最近のシンセは低価格なのにプリセットの音色が物凄く造り込んであ
り、倍音成分が豊かで響きも美しく、驚嘆に値する。


 幸い、どうにかカミさんの足を大きく引っ張らずに済んだようだったので、ホッと胸
を撫で下ろしたのも束の間、僕には最後の最後に大仕事が待ち受けていた(汗)。新婦
のご両親に好いていただいたせいか、亡きわが父の代わりに僕が最後に謝辞を述べよと
いうことになってしまった。子供もいない中年男だが、大役に見合うスピーチかは疑問
であるものの、どうにか突っかからずに話し終えることが出来た。


 帰路、電車に乗るべく博多駅に降り立ったTシャツにジーンズの中年男は、背中に長い
リュックよろしくバッグ入りのシンセを背負い、右手にスチール製の大型スタンド、左
手にはスピーカー付きアンプを大きなキャリーバッグに収納してゴロゴロ曳いている。
きっと傍目には怪し気なストリートミュージシャン風情に見えたことだろう(笑)。


 長崎に向かう特急かもめ号の窓外に見える佐賀平野は、麦秋の趣。夕焼けの中、今は
大変珍しくなった茅葺きの農家を数軒見い出すことが出来、ちょっと幸せな夕暮れだった。