しんのじの夏〜2014年 その2

 口にするもののことを書いていると元気が出てくるなんて、相変わらず
の僕ですが(汗)、しばらく書いていなかった食べ物屋さんのレポートも
少ししておきますか。最初にお断りしておきますが、ここ数年、本当に忙
しくなってしまい、気合い入れてお店に行くということがほとんどない日
々を過ごしていて、本当に情報自体が少ないんです(涙)。

 去年と今年、非常にレベルの高いお寿司屋さんを訪ねる機会がありまし
たので、そのレポートをしておきましょう。まず、約1年前に、久留米の
「よし田」さんにお邪魔しました。私より少し若い、求道者の佇まいさえ
感じられる短髪の店主さんは、謙虚な中に強い情熱を秘めた方。江戸前
しっかりと守るお店らしく、木製(桐だったかな?)のネタ箱に綺麗に下
拵えした見事なネタの数々が納めてあります。
 
 冷酒をいただきながら、数々の趣向を凝らしたおつまみが出てくるのは
悦楽の極みです。いずれも素晴らしい品々でしたが、ここの名物らしい、
地ダコの柔らか煮と、崩れんばかりの煮アナゴはデリケートな仕上がりが
素晴らしかったです。お寿司は、酢飯にしっかりと酢を効かせたもので、
古き良きスタイルをしっかり守りつつ、ご主人のオリジナリティを乗せて
いこうというポリシーが感じられました。白身は主に塩、そして他のネタ
にも煮切りやツメが塗ってあり、ほとんど自分で醤油をつけることなく愉
しめるものがほとんど。ネタも、多くが締めてあったり下拵えがしっかり
とされたもので、手間のかかり方は半端でないと思われました。

ガリは自家製で、たしかある程度の塊の形で出てきたと記憶しています。
ほとんど甘味のない、さっぱりと生姜自身の美味しさが感じられ、これだ
けでも酒好きな方ならお酒がどんどん進みそうです。寿司をいただく間に
齧ると、ほど良く舌をリセットしてくれる逸品だったことはよく覚えてい
ます。どのネタも大変美味しかったですが、特にコハダは素晴らしかった
と記憶しています。

 この間、1年ほど前からずっと行きたかった佐世保の重兵衛寿司さんに、
やっと行く機会を得ました。皮肉なことに、先の悲しい事件が起こった、
件のマンションからそう遠くない所だと後で知りましたが、そんな話は今
蒸し返すべきではありませんね・・・。

 ビル1階のやや奥に、本当にひっそりと佇むお店。ご主人は物静かな方
だが、精緻を極めた包丁さばきは驚くばかりで、魚の身の処理はもちろん、
針生姜や青ジソの葉を軽やかに高速で超極細に刻む様は、うっとりと見入
ってしまうばかりです。おそらく水焼きされていると思われる見事な包丁
を、変幻自在に使いこなしておられます。

 こちらも、スタイルとしては「よし田」とかなり共通点の多い、純正江
戸前スタイルです。ネタ箱は朴の木かと思いますが、蓋つきの小ぶりな箱
が3つ。湿度にも細心の注意を払っておられる様子でした。ガリは薄切り、
甘味はかなり抑えてあります。細かくすり下ろされた本わさびの繊細さ、
素材の新たな旨味を引き出す、本当に精緻な包丁使い。それに香りや一味
を加えるための、細かな配慮や作業。そうそう、よし田さんでも、おろし
金から細かくわさびや生姜のおろしたものを微量取り分ける時、茶道で使
茶筅を使っておられたが、こちらでも同様であった。

 また、とりわけ重兵衛さんが素晴らしいと思ったのが、醤油、煮切り、
ツメなど醤油系の旨さと、ネタとの絶妙なマッチング。実は僕がまず暖簾
をくぐって感じたのが、古い醤油蔵に入った時のような、懐かしい深い香
りでした。ほど良い柔らかさのシャリとネタに溶け込むような味。もちろ
ん、こちらでも、ほとんど味は付けた形でお寿司が出されますので、ほと
んど何もせず、口に運べばよいだけで、その後はもう本当に至福の瞬間。
口の中でシャリがほどけ、醤油類とネタが溶け合っていくような化学反応
が徐々に進行していく感じです。これぞ「口福」。

 とら寿司さんが閉店してから、なかなか「仕事の凄味」を痛感出来るお
店に出会えていませんでしたが、この二店は間違いなく素晴らしいです。
ただし、相当お値段が張ることは覚悟の上でどうぞ。その代わり、出した
お金に見合うだけの極めて高いレベルの仕事は保障いたします。

 〆張鶴を傾けながら、噂に聞いていた佐世保の密かな名店を、やっと堪
能する機会を得ました。そうしょっちゅう伺うわけにはいかないけれど、
佐世保には昔からの親友もいるので、彼をダシにして行かなきゃいけませ
ん(笑)。唐津の「つく田」さん、博多の「安吉」さんなど、他にも名店
と言われるお店はあるようですが、まだお邪魔していません。まあ、その
うちチャンスがあればいいなとは思うけど、もうすでに重兵衛さんに再訪
したくなっているのが本音です(笑)。素晴らしい職人仕事に、感謝。