愛しのヴァランシエンヌに日生劇場で出逢うの巻:その1 〜二期会オペレッタ メリー・ウィドー(Bプロ)〜

 あれはひどく暑かった今夏のある日のこと。坂井田真実子さま、貴女の声を初めて耳にしたのはわが職場の玄関ホールでありました。そこは僕が密かに「歌手殺し」と呼ぶ、悲惨なまでに音の響かない場所。貴女は、その華奢な体つきから信じられないほどの豊かな響きを、マエストロ大野和士先生のピアノと共に奏で、わが職場を夢の空間に塗り替えてしまわれました。
 その日、全国縦断・慰問ツアーの第一弾として、わが職場でその美声と素敵な笑顔を披露して下さってからというもの、不肖しんのじは貴女様のことが頭から離れません。貴女の声に恋焦がれ、わくわくして次の機会を待ち望んでいた僕が最高の悦楽を味わう場となったのは、日比谷の日生劇場、去る11月末の某日でありました。そう!どうしても彼女の二期会オペレッタデビュタントに立ち会いたかったしんのじ、仕事の合間を縫って馳せ参じたのでした。僕の相棒は、今回は愛妻どのではありません。いえいえ!別に僕が避けたのではなく(笑)、残念ながら彼女に音楽の仕事が入ってしまったからでした。
 でも、というか、だから、というか、僕がどうしても一度ご一緒したかった超大物の先輩をお誘いすることとなりました。チケットがあることをお伝えすると、喜んでそのお忙しいスケジュールを空け、同行して下さることとなったその方は、僕が散人先生とお呼びするTFさんです。散人先生は元・東宝のプロデューサーで、舞台芸術に大変造詣の深い方であり、また「大人の遊び方」の大先輩でもいらっしゃる粋人です。艶聞引きもきらず、男子たるもの、この位もてたら人生本望だろうと思えるもてっぷりは羨望の的でもあります。
 その日、朝から築地で初絞りの地ビールを片手にお寿司を楽しんで、もうしんのじは完全に頭の中がお花畑モードです。というか、少し音楽を齧っていたしんのじ、あれこれ余計なことを考えず、音楽や舞台の楽しさだけに集中したい時は、アルコールの力を少し借り、ほどよくテンションの上げ下げをして劇場入りするようにしています。とか格好よく申しておりますが、何のことはない、過去に異国で大失敗の経験があります。
 ご存知の方もいらしゃいますが、しんのじ、実はアルコールにかなり弱い。あれは15年ほど前、学会出張で家内を同伴して行ったシドニーの、ちょっと小ぶりで瀟洒なオペラハウスでの出来事でした。その劇場は小規模にもかかわらず、地下に素敵なバーがあり、紳士・淑女が美味しそうにシャンパングラスを交わしています。大いにそそられたしんのじ夫妻も、負けずに酌み交わします。そこまではよかった。で、気持ちよくなりすぎたしんのじは、舞台が始まって30分足らずで爆睡モードに入ってしまったのでありました。
 それだけならまだよかったのですが、ミュージカルがお好きな人はよくご存知の、この日の演目は「オペラ座の怪人」。大音量のパイプオルガンの旋律が下降したり上昇したりする、あの大げさなサビが有名です。そう!しんのじは、しばしば話の展開で出現するあのモチーフと共に覚醒し、頭をもたげていたのでありました。あの「ダーーーン、ダダダダダーーーン↓、ダダダダダーーーン↑、ダダダダダーーーン↓」のメロディが劇場内に轟くたび、まるでゾンビのように頭をもたげていたのです。横にいた家内は、あまりのおかしさと恥ずかしさに、大声が出そうなのを必死で抑えていたそうで、後で聞くと、実際、周囲から笑いを押し殺すような声にならぬ声が聞こえていたとのこと。しんのじ、あの時は愛妻どのに悪いことをしました・・・。大いに脱線してしまいましたが、次回はまた、愛しの真実子さまに話を戻すとしましょう!彼女の踊り子姿をプリントアウトして、ちょっとぼかしてデジカメで撮り直したら、まるでドガの踊り子です。そう、素敵な踊り子だったのです・・・。【続く】